さあ、PETを構えろ――すべてのネットバトラーたちへ!
「自分だけのPETとネットナビがいて、毎日一緒に過ごせたら……」
ゲームボーイアドバンスを握りしめながら、本気でそんな妄想をしていたあの頃。
『ロックマンエグゼ』が描いた世界は、子供だった私たちの憧れのすべてだった。
■ 技術の限界を知らないからこそも「希望的な妄想」
宇宙でも荒廃した未来でもない。
信号機も家電も街のインフラも、すべてが「ネット」で繋がっている日常のすぐ裏側。
当時は、AIやネット社会がこれからどう発展していくかなんて現実的な予測や正解なんて分からなかった。
だからこそ、「もしかしたら、現実の生活のすぐ隣にも電脳世界があるんじゃないか」という、荒唐無稽で純粋な妄想に心底ワクワクできた。
科学技術の冷たいデータではなく、「未来はもっと面白くなるはずだ」という希望に満ちていたあの空気感こそが、あの作品の最大の魅力だった。
■ 熱斗とロックマン、「相棒」という名の最強の絆
お調子者で突っ走る熱斗くんを、冷静なロックマンが後ろから支える。
お互いを補い合い、家族であり、魂の片割れとして共に戦う姿にどれほど胸を熱くしたか。
敵が宇宙人や魔王じゃなく、身近な「ネットウィルス」や「ネット犯罪者」だったのも良い。
自分たちの生活の裏側で戦う、秘密のヒーロー感があった。
■ 現実からのサポートと、孤高のライバル「フォルテ」
現実からPETを操作し、ここぞという時に「バトルチップ、スロットイン!」と叫んでサポートするあの二人羽織感。
そして何より――フォルテの存在。
人間と組まない、誰の指図も受けない、完全な自立型ネットナビ。
圧倒的な強さと孤独な佇まいは、中二病心を完全に撃ち抜いてくれた。
■ ネットのない時代の手探りと、プログラムアドバンスのロマン
今みたいにネット検索ですぐ答えが出ない時代。
膨大なチップの中から、自力で組み合わせを探すしかなかった。
アニメの演出を真似したり、学校の休み時間に友達とノートを持ち寄って情報共有したり。
試行錯誤の末に新しいPA(プログラムアドバンス)を自力で見つけたときの高揚感は、一生モノの宝物だ。
■ あの未来に到達した今だから思うこと
あれから数十年の時が経ち、気がつけば当時のエグゼの世界に似たような現実がやってきている。
だけど、エグゼは未来を的確に当てた「預言書」なんかじゃない。
あの頃、子どもだった私たちが、あの未来に本気で憧れて、ワクワクを胸に抱きながら大人になった。
私たちが今、この便利で面白い時代を生きられているのは、あの時『ロックマンエグゼ』が最高の未来を見せてくれたからだ。
電脳世界の裏側に夢中になっていた、あの純粋な熱量はいつまでも色褪せない。
——さあ、プラグイン!電脳世界の冒険へ、もう一度トランスミッション。
『ロックマンエグゼ』の世界を再び体感する



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